露の団著『プロの尼さん』

 『プロの尼さん』を読んで、気になったところがありましたので、いくつか挙げてみます。

 まずお茶を「いれる」についてです。
 十九ページと百七ページに、お茶を「入れる」とあります。
 一般的にはお茶を「淹れる」と書きます。ただ「淹」が常用漢字にないので、代わりに「入れる」と書くのでしょうが、私は違和感を覚えます。ペットボトルのお茶を湯のみに入れるのかなと思ったりします。

 次は「推しも推されもせぬ」です。
 四十二ページに「推しも推されもせぬ」とあります。これは初めて目にしました。普通は「押しも押されもせぬ」だと思うのですが、意味がどう違うのかと悩みました。「推しも推されもせぬ」だと意味が違ってくると思います。

 三番目は「ぞんじ」についてです。
 八十ページには「ご存知のように」とあり、百二十二ページには「ご存じの方も」とあります。まったく同じことばが二種類の表記になっています。
 もちろん御存じだと思いますが、「ご存知」と「ご存じ」とは意味が違います。「存知」は漢語で、「存じ」は動詞「存ずる」からできた名詞です。たとえば「存じます」を「存知ます」とは書きません。また「存知」の場合は後ろに「する」が付き、「存知する」となります。「存じする」ということばはありません。世間ではよくまちがって混同して遣っています。『歎異抄』には「存知」が出てきますが、そのときは「ぞんち」と読みます。

 「歳を取るのはいつか」です。
 九十六ページに「二十歳を迎える前の晩」とあります。
 これを見たとき、この日は誕生日の前の晩か、前々日の晩か、どちらなのかと悩みました。べつに他人の二十歳を迎える前の晩で頭を悩ませることはないのですが、しばらく頭から離れませんでした。二十歳を迎えるのは誕生日か、誕生日の前日かどちらなのでしょうか。
 学校では四月一日生まれは早生まれですよね。四月一日生まれの子は三月三十一日に歳を取るから早生まれだという考え方です。これは、正確な名まえではないかもしれませんが、「年齢計算に関する法律」というのがありまして、国民の年齢の計算のしかたを法律で決めてあります。その法律の条文の読み方、解釈によって違いが出てくるのです。
 いずれにしても、どちらなのか、迷ってしまいます。

 最後は「ねがわくは」についてです。
 百三十三ページ最後の字から百三十四ページにわたって「願わくば」とあります。これは食後唱える「食後観」の文言ですから、かってに変えてはいけないのでしょうが、これは厳密に言うとまちがいです。このことばは世間では認められてきているようですが、私は納得できません。正しくは「願わくは」です。
 簡単に説明しますと、「願わく」は「願う」の名詞形です。「は」は助詞で、「願うことは」という意味ですが、「願わくば」となると、「ば」の品詞は何なのか説明がつかないように思います。

 以上が気になったところです。

 これらのことを書いて、出版社の編集部に出しました。出版社からも、著者からも回答も返事もありません。出版社からの回答等を集めているので、ぜひなんとか返事をいただきたいと思っていますが。