これは日めくりカレンダーの一部です。

 

和顔施

笑顔を人に施すこと

誰を見ても、にっこりしてください。そうすると相手は「私のことを好きで笑顔を見せてくれる」と思う。これはお金も物もいらない。ただ、にい~っとすればいいんです。人を気持ちよくさせる、楽しくさせる、これこそ愛です。

 

いつも笑顔でいたいですね。

仏教では「和顔施」と言って、相手に笑顔を施すことが一つの徳になります。

幸せは笑顔に集まってくるものです。

 

なかなかいいことを言っていますね。

 おかしいところに気が付きましたか。

 「顔」は音読みでどう読むのでしょうか。右の中では「和顔施」を「わがんせ」と読んでいます。

 では「和顔愛語」はどう読みますか。瀬戸内寂聴さん流に読めば、「わがんあいご」になります。

 しかし仏教語では「わげんあいご」と以前から読んでいます。

 その理由は、「顔」の音は、漢音は「がん」ですが、呉音では「げん」と読みます。仏教語はだいたい呉音で読んできました。

 仏教語に通じている人は、「顔」を「げん」と読みます。ですから、「和顔施」は「わげんせ」と読みます。

 仏教辞典で調べたら「和顔施」は出てきませんでした。調べ方が足らないのか、引いた辞書によるのかわかりませんが、「和顔」と「和顔愛語」は出ていましたが、読みはいずれも「わげん」でした。

 「誰を見ても、にっこりしてください。そうすると人を気持ちよくさせる、楽しくさせる」

と寂聴さんは言っていますが、右の図では、

 「中学生のとき、笑顔を心がけて生活してみたことがありますが、「笑顔がキモチ悪い!」といわれました」

とヒロシさんは言っています。

 またNHKの朝のドラマ「とと姉ちゃん」の中で、弁当屋の若女将は、笑顔が恐いと言われると言っていました。顔は笑っていても、目が笑っていないからだそうです。

 「誰を見ても、にっこりしてください。そうすると人を気持ちよくさせる、楽しくさせる」
というのは、単なる思い込みにすぎないということになりませんか。

 和顔も人によるということでしょう。