私の年賀状2000年

 人生に万人共通の目的などというものはない。人間はこうでなくてはならないという、道徳的な規則などない。
    『人生の目的』五木寛之

 本年もよろしくお願いします。

  2000年1月1日

 すべての人がそうだとは限りませんが、人は生まれたときにはたいそう歓迎されます。生まれる前から居場所が用意されていることが多いものです。

 そして年とともに居場所がなくなる人は多いものです。実際に居場所があっても、いづらくなると感じることが多くなっていくようです。

 忍たま乱太郎というテレビ・アニメがあります。そのエンディング・テーマの一つに「いつだってYELL」というのがあります。

 「がんばらなくちゃ、がんばらなくちゃ、私の愛に嫌われてしまうよ。がんばっていれば、がんばっていれば、私はいつもそばにいるから」という意味の歌詞があります。

 この歌に励まされている人は、いまがんばっているのでしょう。「いまある場所に、いまあるままで」ずっといてくださいということなのでしょう。

 しかしがんばらなくなったら、私はそばにはいませんよと聞こえてきます。つまり、「いまある場所に、いまあるままで」ずっといてくれれば、私はそばにいますが、「いまあるまま」でなくなれば、私はそばにはいなくなりますよということでしょう。ということは、「いればいい」という保障がないというように受け取れます。

 「いまあるままでいればいい」というと、なにもしなくてもいいと受け取る人がたくさんおられます。「いまあるままで」というのは、なにもしなくてもいいし、またなにをしてもいいという意味があります。

 人生に居場所が見つからない人にとって、「いまある場所に」「いればいい」といわれるのは、居場所が与えられることではないかと思います。

 またなにかしなければと思いつつ、なにもできない、動けない人は、自分を責め続けます。そういうときはすこしも安心することができません。そんなときに、「いまあるままで、いればいい」といわれるのは、安心を与えられるのではないかと思います。

 居場所を与えてくれ、そのまま、あるがままを受け入れてくれる人に遇うことは、なかなかないことです。そういう人に遇えることで私たちは救われていくのではないかと、このことばに出遇って思いました。

 私の嫌いなことばに「ライフワーク」がある。

 昔「あなたのライフワークはなにか」と聞かれて、答えに窮したことを覚えている。そしていま同じ問いを受けても、やはり答えに窮する。

 人にはそれぞれライフワークがあるのだと思っている人からすれば、ライフワークはなにかを答えられない私は、人として失格だと言われるのだろうか。

私の年賀状2002年

あなたに会えて

 ほんとうによかった

  嬉しくて 嬉しくて

   言葉にできない

(小田和正)

 本年もよろしくお願いします。

  2002年1月1日

私の年賀状2001年

いまある場所にいまあるままでいればいい

 本年もよろしくお願いします。

  2001年1月1日